科研A「変革期のイスラーム」第7回(2014年度第2回)研究会

日時:2015年2月21日(土)14:00〜18:00
場所:東京国際大学国際交流研究所 第1キャンパス金子泰蔵記念図書館4階L422教室


発表概要
1.「ムスリム・ドクター:ギナ女医の地域医療活動にみる現代インドネシアのイスラーム的倫理と科学と社会」
発表者:阿久津正幸 (東洋大学国際学部非常勤講師、本科研特別研究員)

  インドネシアの西ジャワ州ガルット県にあるアルカム学園を例に、特徴的な教育カリキュラム、社会制度や社会活動の推移を見ることで、イスラームの倫理に基づいて社会を構築しようとする独自の試みについて報告していただきました。

要旨:
  社会団体ムハンマディヤの理念に基づくプサントレン(イスラーム私塾)のアルカム学園は、スコラ(一般校)の教育にも力を入れている。卒業生ギナは、ジャカルタの国立イスラーム大学(UIN)医学部を卒業し、母校に戻って現在、二つの役割を担っている。
  第一に保健医として、衛生管理や栄養指導、そして疾病治療を行う。「赤十字クラブ」を結成して、生徒にトリアージ訓練も行っている。第二に町医者として、ムハンマディヤの運営する診療所で外来診察に当たっている。地域の主婦サポーターと協力して、患者を発見して通院を促してもらい、自ら巡回診察にも赴く。
  地方の活性化という宗教省の政策と、ムハンマディヤの教育理念の合致は、女医ギナを生み出した重要な背景として見逃せない。進学を断念する地方の人材を活用するため、宗教省はサントリ(宗教を学ぶプサントレン学生)向け奨学制度を開始した。これを利用したギナは、一度は断念した医学部進学を実現したのだ。アルカム学園の母体ムハンマディヤは、イスラームの刷新を目指して1912年に創立されて以来、さまざまな社会活動に取り組んできた。宗教と一般科目を統合するアルカム学園の教育もその一つである。医学部での高等教育を、何の問題なくギナが続けられたのもこの教育のおかげといってよい。
  巡回診療は、ギナ一人で行うことは不可能である。ムハンマディヤ婦人部アイシャとそのサポーターの力があって始めて成立する社会活動だ。サポーターは、「神の被造物(人々)に貢献する」という使命感で、母子健康福祉から一般患者の発見まで、日々奉仕をする。モスクなどで行われる宗教講話によって、こうした献身が広く人々に訴えかけられていることも忘れてはならない。サポーターの姿勢が住民の手本となり、住民の期待や視線はサポーターの意欲を高め、疾病対策という恩恵の実現からも、イスラームの規範に基づいた社会関係の構築は拡大していく。

  報告では、社会団体ナフダトゥルウラマーについても取り上げて、イスラームの倫理や規範に即した社会を構築しようと競合する、インドネシア独自の歴史にまで説明が及びました。今後は医学の分野を超えて、サントリ奨学制度によって第二、第三のギナが誕生することを考えると、インドネシアにおけるイスラームから目を離せないことが十分に理解できました。
  質疑応答では、赤新月社の表現は好まれないのかという話題から、イスラーム社会を目指す世俗国家インドネシアの事情へと議論が広がりました。結核の罹患状況を問う声からは、経済的低階層の生活実態に話題が及びました。中東地域と比較して、東南アジア全体の情勢の安定は、イスラーム社会の開花にとって看過できない点であろうとの意見も出ました。また、報告の共同調査者である青木武信先生(千葉大学客員教授)には、文化人類学的視点からインドネシア社会特有の事情を解説していただいたことで、参加者は有意義な知見を共有することができました。

2.「フランス・パリ郊外でのモスク建設計画からみる地域と人びと」
発表者:植村清加 (東京国際大学商学部・専任講師)

要旨:
  本報告では、近年フランス各地で進みつつあるモスク建設について、パリ郊外の2つの地域の計画を取り上げる。ここでは、フランス社会における宗教・世俗概念とアソシエーションの位置づけを確認するとともに、2地域で進行するモスク建設計画をムスリム系住民定住化の歴史と両地域それぞれの歴史・地域特性との関係のなかから検討した。
  2003年に建設に向けた組織がつくられたエッソンヌ県のモスクでは、新開発地区に購入した土地に、フランスで初めて、持続可能な環境整備に目を配った高環境品質HQE(Haute qualité Environment)の認証を得たモスクの建設が行われている。「エコロジー」というキーワードと関係づけ、近隣の大学との共同研究を通じて、イスラームと人間の生態環境を新たな空間と技術のなかで語り直しはじめている。
  1990年代から移民系住民も含めた地域活動を行ってきたオードセーヌ県内に建設中のモスクでは、地域の複数アソシアシオンからリーダーシップをとる個人が集まり、2008年 にモスク計画のための新たな組織を立ち上げている。市民や街の景観に対しオープンで一体感のある要素をもたせるため、社会・文化センターを併設したモスク の計画であることに加え、ここでは子どもたちにイスラームに基づく教育を担う私立学校の併設を目指している。地域をどのようなものとして捉え、子どもたち に何を伝承していくかと合わせて、フランス社会における「政教分離」「社会的なもの」「文化的なもの」の領域との違いを含め、人びとの間で意味の再解釈や 議論がなされている状況である。

  本報告では、こうした現状についての報告を行うとともに、この計画に関わることによって自分が住んでいる 地域にどのようにコミットし、人びとがどのような空間を新たにつくりだそうとしているのか、またどのような語彙や空間を用いて地域社会と「共生」しようとしているのか、検討した。
  質疑応答では、フランス社会のあり方――世俗国家のあり方、連帯とアソシエーション、私立学校のあり方、移民たちの歴史や自治体の公共サービスの状況等――に関する質問を頂きながら、人びとの生活においてどのようにイスラームとつながった実践が現れてきているかや、その際フランスのどのような制度が活性化してきているかといった点について意見交換しました。特に同じ日に報告のあったインドネシアの事情との比較や連続性についても検討することができ、個別事情とともにそれらを相対的な視点からみるよい機会となりました。


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