宇津木妙子総監督プロフィール -女子ソフトボール部-

シドニーオリンピック銀メダル、アテネオリンピック銅メダルと女子ソフトボール日本代表チームの監督として、2度の五輪でメダルを獲得した宇津木妙子氏が東京国際大学女子ソフトボール部の総監督に就任。

経歴

女子ソフトボール部総監督 宇津木 妙子(うつぎ たえこ)
1953年4月6日生まれ。埼玉県出身。

川島町立川島中学校よりソフトボールをはじめ、1972年にユニチカ垂井(実業団)入社し、ソフトボール部に入部。1974年には、最年少で全日本選手として世界選手権に出場し、準優勝に貢献した。

1985年に現役引退後は、日本リーグの日立高崎(現ルネサスエレクトロニクス高崎)の監督に就任。日本リーグの中では、初の女性監督だった。当時3部のチームを3年後には1部に昇格させ、その後は日本リーグ優勝3回等の成績を飾る。

これらの活躍が評価され、1997年日本代表監督に就任し、2000年シドニーオリンピックでは銀メダル、2004年アテネオリンピックでは銅メダルを獲得した。2005年には、日本人女性として初の国際ソフトボール連盟殿堂入り。

2009年8月に本学人間社会学部特命教授。
2010年4月、東京国際大学女子ソフトボール部総監督に就任。
2014年世界野球ソフトボール連盟理事に就任。

現在は、ルネサスエレクトロニクス高崎女子ソフトボールチームのシニアアドバイザーの傍ら、日本ソフトボール協会常務理事(普及委員長)、文部科学省中央教育審議会委員等を歴任し、国内での課外授業の講師や講演活動等を精力的に行っており、熱血先生・指導者として活躍している。またヨーロッパ・アフリカ等に出向き、ソフトボール普及のために、世界を駆け巡っている。

座右の銘は、

「努力は裏切らない」「人生に夢があるのではない、人生が夢をつくるのである」

総監督からのメッセージ

新たな活躍の場を得られたことに対し、非常に光栄であるとともに、胸が高まっております。

今回、監督に就任する三科真澄氏は、2000年の彼女が高校3年時の大会で、選手として活躍する姿を観て、私が実業団の監督を20年する中で、はじめてスカウトをした選手であります。選手としてスカウトをしたのは、三科真澄氏と上野由岐子氏だけであります。その三科真澄氏が新たなフィールドでの挑戦をするにあたり、共に力を合わせて、大学ソフトボール界の活性化の一助を担うことを嬉しく思います。

私自身が実業団監督や全日本監督して経験し、学んで実践してきた指導法等を惜しむことなく、大学で采配を振るう三科真澄監督に伝授し、それを学生指導に生かして頂き、全員が一つの目標に向かって取り組み、『日本一』を目指すチームのサポートを行います。

同時に、学生としての本分であります学業を優先の上で、ソフトボールをとおしての人間形成の醸成、そして、大学卒業後、社会人になっても適用できるように、人間として力強く生きる精神力をも身に付けさせ、単に勝利すればよいチームでなく、学生・教職員・地域の皆さまから、『愛されて勝つ』チームづくりにも貢献出来ればと考えています。