第1回研究会報告 |
日時:2012年10月27日(土)14:00〜18:00 場所:東京国際大学第1キャンパス金子泰蔵記念図書館4階L411教室 ![]() 発表概要: 要旨: 並行する形で過去数年、中国、韓国、台湾のイスラームとキリスト教受容事情のフィールド調査を行ってきた。 その過程で、徳川幕府の対外外交に参与していた昌平黌の儒者たちの対キリスト教、及びイスラーム認識である安全保障を背景とした破邪論資料を検討する中で、明代末期の陽明学左派の思想家李卓吾に注目する機会を得た。李卓吾は中国ばかりでなく、日本でも評価の高い思想家であるが、なかでも、前記の昌平黌教官安積艮斎に師事した吉田松陰が獄中で李卓吾の『焚書』に感激したことを知ると同時に、李卓吾がイスラーム教徒らしいとの記載を知り興味を持った。彼の著作を探る中で、李卓吾がイスラーム教徒であることを確定する「遺書」に出会った。そこに述べられている葬儀作法はイスラーム教徒のそれであり、多くの推測がなされる中、李卓吾の社会的所属としての宗教がイスラームであることが確定できた。 しかし彼の著作を通じて知られる思想からイスラーム性を抽出する試みを行った論文があるが、彼の思想の現代性を指摘するものの、それがイスラームであるかの確定はできないものであった。そこで指摘される現代性は「個」との強い関連性である。しかし、この個は西洋近代における個ではなく、商業経済取引が個と個を基本型とするが故の個であった。そこで展開される夫婦論もそうした枠を出ることなく商業経済と強い関連をもつものであった。 そのような中、溝口雄三氏による李卓吾と吉田松陰の「童心」理解の比較に関心を持った。その理由は、同氏の童心を焦点とすることで、イスラームの人間観としてムカッラフ(能力者)信仰と童心を比較することなどが可能となるからである。イスラームの人間規定は理想の人間の規定ではなく、ありのままの人間があって、同時に聖なるものを希求するという一個の個体の中に聖俗の常駐を認める人間観であり、イスラーム信仰はその人間がムカッラフ(能力者)となって、理性により聖なるもの(ここでは道)を追求すると規定される。吉田松陰はここに、似て非なるものを見つけたのだが、いずれにしろ、ムカッラフ概念を通じたイスラーム性の抽出を行うことは、イスラームとほぼ同じ歴史を持つ中国イスラーム研究の一つの手法であるように思える。 さらに李卓吾の思想からイスラーム的なものを抽出し、日本人が感応するイスラーム的なものを明確にすることは、日本のイスラーム受容の過去の歴史と今後の研究に新しい方法を提示することになるのではないかと思うところである。 2.A「イスラームの生命倫理における初期胚の問題」、B「オックスフォード、ロンドンにおけるアラビア語写本の資料収集について」 要旨: (はじめに)ガザーリー「婚姻作法の書」について (1)イスラームにおける胚の形成過程 (2)イスラームにおける避妊、中絶―古典時代と現代― 現代の歴代のアズハル機構総長たちは、ガザーリーの見解を引用しながら、反論したり、自説を補強したりしている。マフムード・シャルトゥートはガザーリーを非難し、避妊に反対している。アブドゥル=ハリーム・マフムードも否定的な立場である。しかし人口爆発の続いたエジプトでは、しだいにガザーリーの避妊を可とする見解が支持されていくようになっていく。ガード・アルハック・アリー・ガード・アルハックはガザーリーの説を引用し、結論として避妊は可とするファトワーを出している。 またカラダーウィーも、『イスラームにおける合法と非合法』においてガザーリーを引用し、「避妊は合法、中絶は妊娠初期から非合法」とする議論に賛成するとして、正当な理由があれば避妊による家族計画は許容されるとする。中絶については、120日より後の中絶は母体の命を守るため以外は禁止とし、 120日以前の中絶については、ファトワーによると、しだいに許可の程度は低くなるとしながらも、正当な理由があれば認めている。 (3)イスラームにおけるES細胞 初期胚に関わるES細胞について、アメリカ政府の生命倫理諮問委員会(NBAC: National Bioethics Advisory Commission)刊行の報告書『胚性幹細胞研究の倫理問題(Ethical Issues in Human Stem Cell Research)』第3集「宗教的視座」(2000年)(http://bioethics.georgetown.edu/nbac/stemcell3.pdf <外部リンク>)を検討した。 この報告書では、イスラームの見解として、ヴァージニア大学教授(宗教学)でシーア派ムスリムのサチェディーナのレポートが掲載されている。サチェディーナは、クルアーン、ハディースを引用しながら、すべての法学派は、胚の尊厳が認められるのは120日以降であることに同意しているとしている。イスラームでは、ES細胞の作成の議論においても、中絶の議論と同様に、入魂に関するハディースが持ち出され、大多数の見解では、再生医療に使用するためならば受精卵を破壊し、ES細胞研究を行うことは許可されるという結論に至っているといえよう。なお、サチェディーナのようなウラマーではない知識人の見解が、ウラマーや医療関係者にどの程度の影響力があるのかについては今後の課題である。 (4)ユダヤ教、キリスト教におけるES細胞 三つの一神教を比較すれば、イスラームは、ES細胞の樹立と研究を認め、聖典に依拠して初期胚が人間とみなされるおおよその時期を定めている点、また利益と損失を比較して病気の治療を優先する点がユダヤ教と共通しているといえよう。 B「オックスフォード、ロンドンにおけるアラビア語写本の資料収集について」 ![]() @オックスフォード大学、ボードリアン・ライブラリー(Bodleian Libraries) Aオールド・ボードリアン・ライブラリー(Old Bodleian Library)は、中庭を囲む形の巨大な総合図書館図書館(開架)で、すべての分野の刊本が揃っている。その隣にラドクリフ・カメラ (Radcliffe Camera)という開架図書館があるが、現在、本棚に本はない状態であった。 Bアラビア語の写本(アラビア語だけではなく他の言語の多くの写本)は、オールド・ボードリアン・ライブラリーから徒歩5分くらいの場所にあるラドクリフ科学図書館(Radcliffe Science Library)の地下一階の写本閲覧室で閲覧する。まず受付にある緑色の請求用紙に、名前、入館証の番号、写本番号を記入して、受付の箱に入れる。写本番号は日本で調べておいたほうがよいが、その場でもパソコン(Fihristというデータベース)や写本カタログがあるので調べられる。撮影許可申請書に、写本番号、撮影するフォリオなどを記入し、フラッシュをたかない、音を消すという条件でデジタル・カメラによる写本の撮影は可能である。パソコンは持ち込み可で、LANケーブルがあればインターネットもできる。 *http://www.bodleian.ox.ac.uk/about/projects/new_bodleian(外部リンク)によると、写本は、2015年にウェストン・ライブラリー(Weston Library)として完成予定のニュー・ボードリアン・ライブラリー(New Bodleian Library)に所蔵されるようである。場所は、クラレンドン・ビルディングの隣で、現在工事中である。 Cロンドンの大英図書館(British Library) 二次文献などの刊本は、人文系閲覧室(Humanities Reading Room)などでも閲覧可能だが、アラビア語写本は3階のアジア・アフリカ研究閲覧室(Asian and African Studies Reading Room)のみで閲覧可。刊本も写本もパソコンで請求するが、難しいので最初は図書館員にやってもらうほうがよい。請求記号は日本で調べておいたほうがよいが、その場でも開架の棚にある写本カタログを見ることができる。デジカメ撮影は不可なので、コピーを頼む。貴重書は閲覧不可だが、インターネットで公開している写本もある。 Dウェルカム・ライブラリー(Wellcome Library) Eロンドン大学、SOAS(School of Oriental and African Studies)の図書館 |